城に戻った私は、静まり返った書斎の机に向かい、今日撮り溜めた写真をカメラからパソコンへと取り込んでいた。
画面に次々と表示されるサムネイルを一枚ずつ眺めていく。
思い返せば、最初は惨憺たるものだった。
姫様が画面の隅にしか写っていない小さすぎるカットや、迷い込んだ野良ヤギのアップ、あるいは何かの布きれだけが占める失敗作の数々。ようやく構図が決まったと思えば、肝心の主役がフレームアウトしている始末だ。
だが、それらの失敗作も含めてすべてが今日という一日の愛おしい記録だった。
私は最後に、一番お気に入りの一枚を画面いっぱいに開いた。
泥だらけのドレスを着た姫様と、跳ね回るスライム、そして背景に広がる夕暮れの丘。
ふと違和感を覚えた私は画面を拡大した。スライムの放つ鮮やかな緑色が光を反射し、姫様の頬に不自然に回り込んでいる。
「ありのままの記録ではあるが、これでは女王様も納得しないだろう」
私は編集ソフトを立ち上げ、色かぶりの調整に着手した。緑に傾いた肌のトーンを自然な血色へと戻す。
続いて淡く記録されてしまった夕日の赤みを見つめる。あの時見上げた空は、もっと深く濃い赤に染まり、丘全体を包み込むような温かな光で満ちていた。
色温度を慎重に探り、ハイライトを抑えつつ暗部のディテールを持ち上げると、モニターの中にあの日見た記憶の中の夕暮れが見事に蘇っていった。
これまでの10話を通してで、カメラの使い方の基礎を解説してきました。
しかし、最後まで触れなかった要素があります。それが「色」です。
誤解を恐れずに言えば、撮影現場で「完璧な色」に縛られる必要はありません。
なぜなら、色の補正に関しては、カメラの内蔵チップよりも、パソコンの方が有利だからです。
第10話までで身につけた「光を記録する技術」は、いわば最高の”下描き”を用意する作業です。
綺麗な下書きができていれば、そこにどんな絵の具を乗せるかは、後からじっくりと決められるのです。
圧倒的な演算能力と自由度
どれほど高性能なカメラであっても、その中にあるチップは「撮影」に特化したものです。一方で、現像ソフトを動かすパソコンは「色の処理」において桁違いの能力を持っています。
そのための準備として写真の記録方式を「RAW」に変更します。
RAWとは完成する前の画像データで、色情報が最も豊富な記録方式です。
- 情報の深さ
- 撮影されたRAWデータには、背面液晶では表示しきれない膨大な階調と、自由自在に変えられる「ホワイトバランス(光の温度)」が眠っています。
- 物理的な環境
- 現場の不安定な光ではなく、安定したディスプレイで確認することこそが、色の掌握への近道です。
- 「やり直し」という戦略
- 現場で色に迷ってシャッターチャンスを逃すよりも、腰を据えて「記憶の色」に近づける。この余裕が、写真の質を一段引き上げます。
記憶という正解へ
どれほど露出制御を極めても、機械が記録した「色」と、心が見た「色」には必ずズレが生じます。
写真編集(RAW現像)は、そのズレを埋めるための最後の作業です。
カメラで構えて綺麗な下書きを描き、PCに座って丁寧に色を塗る。
写真はシャッターを切っただけでは終わりません。
数日後、華やかに催された晩餐会の会場には、泥沼の中でスライムと楽しそうに笑い合う写真が、大きく引き伸ばされて飾られていた。
並べられたご馳走と席につく悪魔たちの前に立った女王様が照明を落とさせると、壁の写真へ一斉に視線が集まった。
最初は静まり返っていた会場から、やがて感嘆の吐息と大きなざわめきが広がっていく。
「素晴らしい写真ですわ。娘のこんな表情、久しぶりに見ました」
隣に歩み寄ってきた女王様の言葉に深く頭を下げると、写真の前で嬉しそうに笑う姫様の姿が見えた。
魔法の使用を禁じられた私が、魔法に頼らず写真という手段で残した成果。その微かな誇りに胸を張った瞬間、女王様は静かに私を見つめ、告げた。
「今日をもって、魔法の使用を許可します」
一瞬の静寂の後、湧き上がるような歓喜が胸を突き上げた。長かった禁止期間が、ついに明けたのだ。
「ありがとうございます!」と思わず声を張った私は、せっかくの祝宴を彩ろうと「ではさっそく、花を咲かせる魔法でも披露しましょう」と指を鳴らし、全身の魔力を集中させた。
次の瞬間、ドゴォォォン!!と腹に響く凄まじい轟音が響き渡り、会場の天井が綺麗に吹き飛んだ。
静まり返る会場の中でゆっくりと見上げれば、城の屋根を突き破った巨大な花束が、空へ向かって豪快に咲き誇っている。
隣では目を輝かせる姫様が「すごーい!」と歓声を上げていたが、女王様は無言で額を押さえていた。
「……パイモン」
「はい」
「魔法はまた禁止にしましょうか?」
やはり自分には、魔法よりも写真のほうが向いているのかもしれない。

姫のワガママ
まだ終わらないの?
早く遊びに行きましょう

僕とワガママ姫
「理屈」を「愛」に変える、10のレッスン
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