「F値……つまり『Fabulous(ファビュラス)』のFですわね!」
放課後の中庭。ドヤ顔で言い放つ私に、先輩は大きなため息をついた。
カメラ初心者である私は、ネットで「F値を小さくすると背景がボケる」というテクニックを学んだばかり。すっかりF値が分かった気になっていた。
花壇に咲く一輪のヒマワリにカメラを向け、F値を最小(一番小さな数字)に設定してシャッターを切る。
「ふふっ、完璧ですわ!」
モニターに映し出されたのは、主役のヒマワリ以外がトロトロにボケた一枚。背景が完全に溶け去り、まるで幻想的なアート作品のようだ。
「背景をボカせば、どんな場所でもプロっぽいお洒落な写真になりますのね!」
鼻高々な私をよそに、先輩は同じヒマワリに向かってカメラを構え、カチカチとダイヤルを回して静かにシャッターを切った。
「あら?負け惜しみの一枚ですの?」
からかい半分で先輩のカメラのモニターを覗き込んだ私は、思わず言葉を失った。
そこには、手前の美しいヒマワリと、その背景にある夕日に染まる思い出の校舎が、どちらもくっきりとシャープに写り込んだ一枚があったのだ。
「あ……!絞って撮ると、夕暮れの校舎の雰囲気まで伝わるんだ……!」
絞りとは、レンズを通過する光の面積を調整する仕組みです。
しかし、絞りの役割はそれだけではありません。
F値を変えると「ピントの範囲(被写界深度)」と「レンズの性能の引き出し方」が変わります。
絞りと写真表現
被写界深度とは、ピントが合っているように見える範囲のことです。
厳密には、完全に合焦している範囲ではなく、「許容できるボケ量」に収まっている領域を指します。
- F値を小さくする
- 被写界深度が浅くなる
- ピント面から少し外れただけで、大きくボケる
- F値を大きくする
- 被写界深度が深くなる
- 前後の情報がより多く残る
レンズ性能のコントロール
絞りは、被写界深度だけでなく、レンズの描写にも影響します。
レンズは複数のガラス群で構成されており、開放では、レンズの中心部だけでなく周辺部の光線も使用します。
周辺部の光線は、収差の影響を受けやすく、解像度がわずかに甘くなります。そのため、多くのレンズでは開放付近で描写がやや甘くなります。
これは構造上の特性であり、不良ではありません。
レンズは、中心部ほど光学的に安定しています。
少し絞ると、レンズ中心部の光線が主体となり、コントラストが向上し、画質が安定します。
一般的にF5.6〜F8付近で描写がピークに近づくことが多いのはこのためです。
絞りすぎによる回折
しかし、絞りすぎると回折が発生します。
開口が小さくなりすぎると、光は線ではなく波としての性質を強く示し、像が理論的に拡散します。
その結果、解像度はむしろ低下します。
絞れば良くなるわけではありません。レンズには最適な領域が存在します。
実際に使うときの目安
- 最小F値
- 主題分離を最大化
- ポートレート、物撮り
- 最小F値から少し絞る
- 解像と収差のバランスが安定
- スナップ、日常記録
- 中間(F8.0付近)
- 写真全体の安定描写
- 風景、建築
- それ以上に絞る
- 回折リスクを理解した上で使用
- 長時間露光、マクロ
ただし、これは絶対的な正解ではありません。被写体や距離、センサーサイズによって変化します。
絞り優先オート(A/Avモード)
なお、絞りを変えるとセンサーに届く光量も変化します。
Aモードでは、その変化に応じてシャッタースピードやISO感度(オートの場合)が自動的に調節されます。
見せるものと、残すものを加減する
絞りは、明るさを調整するだけの機構ではありません。
また、主題を伝えるための機構でもありません。主題は、構図とピントで決まります。視線をどこに導くかは、すでにそこで決定しているのです。
絞りが決めるのは、その周囲です。
F値を小さくすると、被写界深度が浅くなり、主題以外の情報が減る
F値を大きくすると、被写界深度が深くなり、前後の情報が増える
つまり絞りとは、副題をどこまで写真に含めるかを決める設定です。
F値を変えても主題は変わりません。変わるのは、主題以外の情報量です。
この写真に、主題意外の情報がどれだけ必要か。それを決めるのが、F値です。
「素晴らしいですわ!わたくしにもその『絞る』というのをやらせてくださいまし!」
意気揚々とカメラを構え直し、先輩の真似をしてF値を大きくする。手前から奥までピントが合うように設定し、渾身の一枚をカシャリ。
「ふふ、どうです?これが隅々までピントの合った、わたくしの世界……」
満足気にモニターを確認し、画像を拡大した瞬間。私は思わずフリーズした。
くっきり鮮明に写し出された、遠くの校舎の物陰。そこには、購買の焼きそばパンをコソコソと大きな口で頬張る男子生徒が、バッチリ写り込んでいたのだ。
「な、なんでこんな庶民の買い食いまで、ファビュラスに写ってしまいますのー!?」

姫のワガママ
中途半端に迷うのは時間の無駄ですわ。
『開放』か、『F8.0』か。
この二択から始めてごらんなさい!
シャッタースピード? つまりわたくしの華麗なるボタン連打速度のことではなくて!?
そのダイナミックな滝行の光景を、わたくしの連打で完璧に捉えてみせますわ!
僕とワガママ姫
「理屈」を「愛」に変える、10のレッスン
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