第6話:ワガママ姫と絞り|正義のファビュラス

「F値……つまり『Fabulous(ファビュラス)』のFですわね!」

放課後の中庭。ドヤ顔で言い放つ私に、先輩は大きなため息をついた。

カメラ初心者である私は、ネットで「F値を小さくすると背景がボケる」というテクニックを学んだばかり。すっかりF値が分かった気になっていた。

花壇に咲く一輪のヒマワリにカメラを向け、F値を最小(一番小さな数字)に設定してシャッターを切る。

「ふふっ、完璧ですわ!」

モニターに映し出されたのは、主役のヒマワリ以外がトロトロにボケた一枚。背景が完全に溶け去り、まるで幻想的なアート作品のようだ。

「背景をボカせば、どんな場所でもプロっぽいお洒落な写真になりますのね!」

鼻高々な私をよそに、先輩は同じヒマワリに向かってカメラを構え、カチカチとダイヤルを回して静かにシャッターを切った。

「あら?負け惜しみの一枚ですの?」

からかい半分で先輩のカメラのモニターを覗き込んだ私は、思わず言葉を失った。

そこには、手前の美しいヒマワリと、その背景にある夕日に染まる思い出の校舎が、どちらもくっきりとシャープに写り込んだ一枚があったのだ。

「あ……!絞って撮ると、夕暮れの校舎の雰囲気まで伝わるんだ……!」

絞りとは、レンズを通過する光の面積を調整する仕組みです。

しかし、絞りの役割はそれだけではありません。

F値を変えると「ピントの範囲(被写界深度)」と「レンズの性能の引き出し方」が変わります。

絞りと写真表現

被写界深度とは、ピントが合っているように見える範囲のことです。

厳密には、完全に合焦している範囲ではなく、「許容できるボケ量」に収まっている領域を指します。

  • F値を小さくする
    • 被写界深度が浅くなる
    • ピント面から少し外れただけで、大きくボケる
  • F値を大きくする
    • 被写界深度が深くなる
    • 前後の情報がより多く残る

レンズ性能のコントロール

絞りは、被写界深度だけでなく、レンズの描写にも影響します。

レンズは複数のガラス群で構成されており、開放では、レンズの中心部だけでなく周辺部の光線も使用します。

周辺部の光線は、収差の影響を受けやすく、解像度がわずかに甘くなります。そのため、多くのレンズでは開放付近で描写がやや甘くなります。

これは構造上の特性であり、不良ではありません。

レンズは、中心部ほど光学的に安定しています。

少し絞ると、レンズ中心部の光線が主体となり、コントラストが向上し、画質が安定します。

一般的にF5.6〜F8付近で描写がピークに近づくことが多いのはこのためです。

絞りすぎによる回折

しかし、絞りすぎると回折が発生します。

開口が小さくなりすぎると、光は線ではなく波としての性質を強く示し、像が理論的に拡散します。

その結果、解像度はむしろ低下します。

絞れば良くなるわけではありません。レンズには最適な領域が存在します。

実際に使うときの目安

  • 最小F値
    • 主題分離を最大化
    • ポートレート、物撮り
  • 最小F値から少し絞る
    • 解像と収差のバランスが安定
    • スナップ、日常記録
  • 中間(F8.0付近)
    • 写真全体の安定描写
    • 風景、建築
  • それ以上に絞る
    • 回折リスクを理解した上で使用
    • 長時間露光、マクロ

ただし、これは絶対的な正解ではありません。被写体や距離、センサーサイズによって変化します。

絞り優先オート(A/Avモード)

なお、絞りを変えるとセンサーに届く光量も変化します。

Aモードでは、その変化に応じてシャッタースピードやISO感度(オートの場合)が自動的に調節されます。

見せるものと、残すものを加減する

絞りは、明るさを調整するだけの機構ではありません。

また、主題を伝えるための機構でもありません。主題は、構図とピントで決まります。視線をどこに導くかは、すでにそこで決定しているのです。

絞りが決めるのは、その周囲です。

F値を小さくすると、被写界深度が浅くなり、主題以外の情報が減る
F値を大きくすると、被写界深度が深くなり、前後の情報が増える

つまり絞りとは、副題をどこまで写真に含めるかを決める設定です。

F値を変えても主題は変わりません。変わるのは、主題以外の情報量です。

この写真に、主題意外の情報がどれだけ必要か。それを決めるのが、F値です。

「素晴らしいですわ!わたくしにもその『絞る』というのをやらせてくださいまし!」

意気揚々とカメラを構え直し、先輩の真似をしてF値を大きくする。手前から奥までピントが合うように設定し、渾身の一枚をカシャリ。

「ふふ、どうです?これが隅々までピントの合った、わたくしの世界……」

満足気にモニターを確認し、画像を拡大した瞬間。私は思わずフリーズした。

くっきり鮮明に写し出された、遠くの校舎の物陰。そこには、購買の焼きそばパンをコソコソと大きな口で頬張る男子生徒が、バッチリ写り込んでいたのだ。

「な、なんでこんな庶民の買い食いまで、ファビュラスに写ってしまいますのー!?」

姫のワガママ

中途半端に迷うのは時間の無駄ですわ。
『開放』か、『F8.0』か。
この二択から始めてごらんなさい!

次回予告

シャッタースピード? つまりわたくしの華麗なるボタン連打速度のことではなくて!?
そのダイナミックな滝行の光景を、わたくしの連打で完璧に捉えてみせますわ! 

第7話:ワガママ姫とシャッタースピード|神聖なる湯切り

いいから、カメラ持って外行こうぜ!

俺のデジモノ手記


01 思考の章

写真は、楽しければ良い


02 技術の章

カメラで、遊ぶ


03 表現の章

「誰か」の真似は、もう終わり


04 結実の章

今の僕の答え


付録

使用機材とカメラ設定