第10話:ワガママ姫と焦点距離|彼女が動けば、世界が動く

「魔法は禁止よ」

出立の直前、女王様から下されたのは、そんな非情な宣告だった。

「アナタは魔法が下手なのよ。余計なものまで呼び出すし、消してはいけないものまで消すでしょう」

返す言葉はない。
先月、城の天辺にサプライズでゴーレムを召喚したところ、見事に座標がズレて尖塔へ直撃。城を半壊させたのは私なのだから。

「それから、もう一つ」

女王様が私に押し付けてきたのは、一台のカメラだった。

「今日はこれを持っていきなさい。娘の写真を撮るのよ。今度の晩餐会で使いますからね」

「承知しました」

魔法は禁止された。ならば、せめて写真くらいは完璧に撮ってみせよう。それが悪魔としての意地というものだ。

私が仕える姫様は、人間でいえば十歳ほど。漆黒のドレスを着てはいるが、魔王の娘らしい威厳などどこへやら。面白そうなものを見つければ走り出し、気になるものがあれば寄り道する、自由奔放な少女である。

「ねえ、パイモン!今日はあの丘に行きましょう!」

姫が指差した先には、城下町を見下ろす丘があった。

「承知しました」

丘に着くと、姫はさっそく駆け回り始めた。私はカメラを構える。

私は広角レンズを選んだ。景色も姫も、全部まとめて写してしまえばいい。

シャッターを切り、モニターを確認する。

姫は小さい。それに広く写し取ってしまったせいで、不恰好にひしゃげた枯れ木や、無骨な岩の塊、果ては遠くで草を食む野良ヤギまで写っている。

「……こんなもの、魔法が使えればすぐに消し去るのに」

私はため息をついて、望遠レンズに交換した。

しかし、いくらレンズを変えようとも、一向に使えそうな写真は撮れない。

姫を追いかけながら、日が暮れていった。

「ねえ、見て!」

泥の中でスライムが跳ねている。

「触ってもいい?」

「駄目です。ドレスが汚れますから」

姫は少し考えた。そしてドレスの裾をたくし上げる。

「じゃあ、こうする!」

次の瞬間、姫は泥沼へ飛び込んだ。ドレスも靴も髪も泥だらけ。

それでも姫は、心の底から楽しそうに笑っている。

私は反射的に望遠レンズが付いたままのカメラを構え、ファインダーを覗いた。

姫の表情は完璧だ。

……だが、肝心のスライムが入っていない。

別のスライムを召喚しようと思ったが、今は魔法が禁止されている。

私は急いでスライムが入る場所まで下がってシャッターを切った。

弾けるような笑顔。泥だらけのドレス。跳ねるスライム。どれも綺麗に収めることができた。

だが、せっかくなら城下町の景色も残したい。

広角レンズを付けるが、やはり小さく写ってしまう。

「それなら……」

私は自分やカメラに跳ぶ泥水に躊躇はせず、一歩、さらにもう一歩と前へ踏み込んだ。

姫の目線までカメラを下げ、極限まで近づく。

姫の笑顔と跳ねるスライム、そして背景に広がる城下町が、一枚に収まった。

望遠で撮った一枚は、姫の表情が主役になっている。
広角で撮った一枚は、姫とスライムと城下町が、一つの景色になっている。

「……どちらも、いい写真だ」

レンズに刻まれた「◯◯mm」という焦点距離は、写真にどれくらいの範囲が写るかの目安になる数値です。

この焦点距離とカメラのセンサーサイズの組み合わせによって、写真に写る範囲(画角)が決まります。

  • 広角(数値が小さい):写る範囲が広い
  • 望遠(数値が大きい):写る範囲が狭い

同じ場所に立っていても、広角と望遠ではまるで別の描写になります。

センサーサイズによる「35mm判換算」の定義

同じレンズを使っても、装着するカメラのセンサーサイズによって実際に写る範囲は異なります。

これを「フルサイズ」を基準として計算し直すのが「35mm判換算」です。

「実際に写る範囲」を把握するために、以下の倍率を基準にします。

  • APS-Cサイズ:焦点距離を約1.5倍にして考える
  • マイクロフォーサーズ:焦点距離を 2.0倍にして考える

例えば「50mm」のレンズをAPS-C機につけると、換算75mm相当。つまり「少し望遠寄り」になります。

マイクロフォーサーズなら50mmは換算100mm相当。完全に「望遠レンズ」の画角です。

焦点距離ごとの「視覚的効果」

35mm判換算後の数値(画角)が、写真の印象に大きく影響します。

代表的な焦点距離の特徴をまとめました。

  • ~24mm:
    • 手前が大きく奥が小さく見えるため、遠近感が強調される
    • これによりダイナミックな演出や立体感を表現しやすい
  • 35mm:
    • 被写体と周囲の環境をバランスよく写せる
    • 広角寄りの画角なので、環境を取り込みつつ被写体を自然に見せられる
  • 50mm:
    • 被写体がちょうど良い大きさで画面に収まり、余計なものが入りにくい
    • 標準レンズの特性で、自然な見え方を再現できる
  • 85mm:
    • 被写体を大きく切り取り、背景を整理して印象的に見せやすい
    • 遠くの被写体を引き寄せて画面に収める
  • 200mm~:
    • 遠くの被写体も大きく切り取り、背景を圧縮して被写体を際立たせられる
    • 距離感の圧縮によって、奥行きの違いが縮まる

レンズの「画角」を把握する

35mm判換算とは、レンズを交換する前に「この組み合わせなら、これくらいの範囲が写る」という感覚を身につけるためのものです。

重要なのは、カメラのセンサーサイズとレンズの焦点距離から計算した35mm判換算ではありません。

「主題(見せたいもの)」と「副題(周りの状況)」のバランスです。

  • 広角レンズ:
    • 主題が小さくなり、副題(背景)の情報量が増える
    • メリット:「どこで何をしているか」は伝わる
    • リスク:余計なものが写り込む
  • 望遠レンズ:
    • 主題が大きくなり、副題(背景)の情報量が減る
    • メリット:余計なものを画角から外しやすい
    • リスク:「どんな場所にいるか」は伝わりにくい

撮影者がすべきことは、主題と副題の「情報量の比率」をレンズ交換によって調整することです。

その試行錯誤こそが、写真の面白さです。

広角なら広く写る。
望遠なら大きく写る。

しかし、それだけではない。

何を残したいのか。そのために、自分はどこに立つのか。

今日一日、姫に振り回されながら、それを嫌というほど思い知らされた。

「見せて」

撮った写真を姫に見せる。 

「……ふふっ、泥だらけね」

モニターに映った自分を見て、姫は楽しそうに笑った。

「あー楽しかった!」

そう言って、また走り出す。

「姫様、そろそろ帰りましょう」

「パイモン、早く!」

聞いていない。私はため息をつきながら、その後を追った。

帰り道。今日撮った写真を眺めながら、私は密かに胸を張っていた。

「魔法解禁の日は近いぞ」

……ただ、魔法禁止だった今日も、それなりに楽しかった。こうやって姫様に振り回されるのも、悪くない。

「パイモン」

「はい」

「明日も撮ってね」

「…………」

やっぱり、魔法は一日でも早く解禁してもらおう。

姫のワガママ

ごちゃごちゃしてるのは苦手。
綺麗で、いっぱい遊べるところがいい!

Next Invitation

城に戻ったらパソコンで確認だな。
果たして悪魔としてこれでいいのだろうか。
これでは、まるで人間だ。

終章:ワガママ姫とRAW現像|書斎にて

いいから、カメラ持って外行こうぜ!

俺のデジモノ手記


01 思考の章

写真は、楽しければ良い


02 技術の章

カメラで、遊ぶ


03 表現の章

「誰か」の真似は、もう終わり


04 結実の章

今の僕の答え


付録

使用機材とカメラ設定