「なによ。カメラなんて、このボタンを押すだけじゃない。簡単ですわね」
全寮制の由緒正しき学び舎から、この下界(一般校)へ降り立った私。手元には、お父様に買ってもらった最新の高級カメラと、大砲のように立派な高級レンズ。
「いくら機械が複雑だろうと、わたくしの美貌とセンスの前ではただの箱ですわ」
オートモードでシャッターボタンを押しさえすれば、綺麗な写真が撮れてしまう。
「ふふっ、わたくしってば天才カメラマンかもしれませんわ!」
すっかりいい気になっていた私。でも、新入生歓迎の部活動見学で、写真部の展示ブースに飾られていた『先輩』の作品を見た瞬間、頭に雷が落ちたような衝撃が走った。
(な、なんですの、この写真は……!)
斜陽を浴びる淋しげな校舎。きらめく汗を流す陸上部。香りまで感じそうな茶道部の緑茶。見たことがあるはずの学校の風景なのに、私ののっぺりとした写真とは、奥行きも空気感もまるで違う。
「わたくしの最新高級カメラより、先輩の古めかしいカメラの方が綺麗に撮れるなんて……機材の値段の差ではありませんの!?」
驚愕してパネルにへばりつく私に、ブースの番をしていた写真部の部員がおずおずと声をかけてきた。
「露出のコントロール……?つまり、被写体の肌の露出度合を上げて読者の目を惹きつけるという、いかがわしいテクニックですの!?」
「えっ!?い、いや、そういうわけじゃ……!」
私の見当違いな推理に、部員が慌てふためいていたその時。背後から足音がした。振り返ると、そこには無表情な先輩の姿があった。
先輩は部員の前にズイッと出ると、私を見て深々と、音もなくため息をついた。そして呆れたように無言のままスッと手を伸ばし、ブースの壁に貼られた手書きの解説パネルを指先でトントン、と示した。
そこには、太字でこう書かれていた。
『露出は【F値】【シャッタースピード】【ISO感度】3つの要素のバランスで決まる』
写真の明るさを決める「三つの要素」
F値(絞り) —— 光が通る面積
レンズの中にある「絞り羽根」をどれくらい開くかを決めます。
- 数値が小さい(開放)
- 絞り羽根が広がり、光を取り込む量が増える
- 背景や前景が大きくボケる
- 数値が大きい(絞り込み)
- 絞り羽根が狭くなり、光を取り込む量が減る
- ボケにくくなり、全体がくっきり写る
シャッタースピード(SS) —— 光が通る時間
シャッターが開き、センサーに光を当てている時間の長さです。
- 高速シャッター
- 一瞬でシャッターが閉じる
- 動きを止める
- 低速シャッター
- 時間をかけて光を蓄える
- 動きを残す
ISO感度 —— 光に対する感度
センサーが受け取った光を、電気的にどれだけ増幅させるかを示す数値です。
- 低感度:
- 暗い
- ノイズが少なく高品質
- 高感度:
- 明るい
- ノイズが発生し、画質が落ちる
三つの数字を繋ぐもの
F値、SS、ISO。この3つの数字をバラバラに考えるのではなく、一つの「明るさ」という結果に向かって組み立てていきます。
三つすべてを同時に操作しようとする必要はありません。
優先したい要素から順番に選ぶだけです。その判断が、写真の印象を決定づけます。
エフチ……?シャッター……?感度?聞き慣れない横文字の羅列に、私の頭脳がフル回転する。つまり、この三つが絶妙なバランスで絡み合い、極上の一枚を生み出すということ…… 。
「――理解しましたわ!」私はポンッと手を打った。
「それは庶民の愛するファストフード『牛丼』における、『肉・玉ねぎ・つゆ』の黄金比率のようなものですわね!」
「『肉だく』にしてお肉を増やしたら、その分『つゆ』で全体の味のバランスを調整しなければならない……。三位一体のハーモニーが、極上の一杯を作り上げるのですわ!」
無表情のまま微動だにせず固まった先輩と、ぽかんと口を開ける部員を横目に、私は意気込む。
「いいでしょう、その『カメラの黄金比率』、このわたくしが完璧にマスターして差し上げますわ!」

姫のワガママ
難しく考える必要はありませんわ。
どれかを足せば、どれかを引く。
何を足し、何を引くのかが、
表現に繋がるのですわ。
「F値」……つまりわたくしの魅力を引き立てる「ファビュラス値」のことですわね!?
背景なんてドロドロに溶かして、主役であるこのわたくしだけを際立たせて差し上げますわ!
僕とワガママ姫
「理屈」を「愛」に変える、10のレッスン
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