僕はスマートフォンに、ノングレアフィルムを貼っています。反光沢で目が疲れにくく、操作感も気に入っています。
ただ一つだけ、どうしても納得できないことがあります。写真のコントラストが、はっきり落ちて見えるのです。
「この前撮った写真を見てほしい」そう思う瞬間は何度もあります。
ところが、スマートフォンで写真を開いた途端、「もっとクリアな写真だったはずなんだけどな」と感じてしまいます。
結局、自分が納得できず、人に見せられません。
写真そのものは変わっていません。それでも、画面越しに見ると「完成度が下がった」ように感じてしまう。
ノングレアフィルムで起きていたのは、良かれと思った選択が、写真の完成度を下げてしまうというズレでした。
実はこれとまったく同じことを、僕たちは撮影や編集の現場でも、無意識に繰り返しています。
ISOを下げる。
レンズを絞る。
シャープやコントラストを足す。
どれも間違いではありません。
ただし、「写真が完成しているか」を確認しないまま行うと、ノングレアフィルムと同じズレが起きます。
撮影でやること
ここで言う「写真が完成している」とは、技術的に上手いかどうかではなく、1枚の写真として、意図がきちんと伝わる状態のことです。
まずは、そこを最優先で確認する必要があります。
ISO感度を下げる前に、写真を見る
撮影の話になると、真っ先に出てくるのがISO感度です。
ノイズが減ると画質が良くなる。それ自体は、間違っていません。
ただし、ISO感度を下げた結果、写真がブレてしまっては意味がありません。
画質を優先して、写真の完成度が下がる。この瞬間、ISOを下げた意味を失います。
ISO感度は「下げられるなら下げる」。
その前提として、写真が完成しているかを必ず確認します。
ISO感度の基本と注意点

絞る前に、写真を見る
レンズの話になると、「少し絞ったほうが画質がいい」という定説がよく出てきます。多くのレンズで、それは事実です。
ただし、ここにも落とし穴があります。
絞るということは、光を減らす判断でもあります。光を減らせば、シャッタースピードかISO感度のどちらかが犠牲になります。
レンズだけを見て正解を選んだつもりでも、写真全体の完成度を下げていることは珍しくありません。
レンズでやることは、実はとてもシンプルです。
- 必要以上に開かない
- 条件が許すなら絞る
その前提として、写真が完成しているかを必ず確認します。
レンズの絞り(F値)が写りに与える効果

編集でやること
画質を良くする前に、写真を見る
編集は、写真を仕上げる工程であって、画質を上げる工程ではありません。
編集は便利です。RAW現像なら、露出も色も、ある程度は後から調整できます。
ただし、ここで多くの人が一線を越えます。
「もう少しシャープに」
「もう少しコントラストを」
「もう少しだけ、クリアにしたい」
この「もう少し」の積み重ねが、写真を一番壊します。
撮影でISOを抑え、レンズを絞って解像感を確保していても、編集で無理をすれば、すべてが台無しになります。
シャープさやハイコントラストは、高性能なイメージセンサーやレンズがあってこそ成立する表現です。RAWデータに余裕があるから、耐えられる処理でもあります。
逆に、余裕のない状態で撮った写真を、編集で無理やり「高画質」に寄せると、粗だけが目立ちます。
もちろんRAW現像ソフトにはノイズを軽減する補正もありますが、あくまで補助的な機能に過ぎません。
頼りすぎると写真の品質はやはり劣化します。撮影時点で破綻している写真を、「完成させる」ほど万能ではないのです。
ディテールは立っているのに、質感がない。
一見クリアなのに、見どころが残らない。
それは高画質ではありません。編集で作られた嘘です。
- 情報がある部分は壊さない
- 情報がない部分は諦める
そのうえで、写真が完成しているかを必ず確認します。
写真編集でやりすぎてしまうパラメーターとその問題点

画質で悩む前に、写真を見てほしい
画質という言葉は、とても便利です。ISOや解像度、ノイズの少なさを、一言で説明した気になれます。
しかし実際には、撮影時の判断、レンズの選択、編集の加減、それらが絡み合った結果として、後からそう呼ばれているだけです。
画質を良くしようとするよりも、まず写真としての完成度を最優先に考える。
「画質が良い」と言われる写真は、たいてい、画質を追いかけていません。画質の良さは、後から付いてくるものです。
画質は目的ではありません。優先すべきなのは、写真として完成しているかどうかです。
俺あ……感度を下げたら、またブレてる。

