こんな経験はないでしょうか。
- 「夕方から雨」と出ていたので洗濯物を干して外出したら、昼過ぎに豪雨になって全滅した。
- 「局地的な雨」と書かれていたので自分の地域は大丈夫だと思い、傘を持たずに出たら普通に降られた。
- 「天気は回復傾向」という表現を信じてレジャーに出かけたが、結局一日中小雨が続いた。
- 「雨雲はそれます」という直前の修正を見て出発したら、到着直後に本降りになった。
どれも特別な話ではありません。多くの人が一度は経験している、ごく日常的な失敗談です。
天気予報は、写真撮影においてだけでなく、私生活においても欠かせない存在です。
僕たちは思っている以上に、日常の多くを天気予報に委ねています。
出かけるかどうか、どこへ行くか、何を持っていくか。それらは無意識のうちに「今日は大丈夫そうだ」という予報の一言で決められています。
写真撮影においても、ポートレート、スナップ、ネイチャー。天気は常に行動判断の前提条件になります。
だからこそ、天気予報はただの情報ではなく、僕たちの一日を左右する判断材料なのです。
中でも、天気予報サービスの中で高い知名度を持ち、日常的に参照される存在の一つがウェザーニュースです。
ウェザーニュースの的中率は、確かに凄い
まず前提として、この点ははっきり書いておきたいと思います。
ウェザーニュースの予報精度、いわゆる的中率の高さは、間違いなく凄いです。
観測点の多さ、データ量、解析技術、リアルタイム更新。
これらは個人がどうこう言える次元ではなく、日本の天気予報技術の到達点の一つだと感じます。
実際、短時間予報や局地的な天候変化については、他の情報源よりも「当たっている」と感じる場面も少なくありません。
だからこそ、多くの人がウェザーニュースを信頼し、行動判断の材料にしているのだと思います。
正解率と納得感は、必ずしも比例しません
天気予報の世界では、どうしても「当たったか、外れたか」という単純な基準になりがちです。
しかし、人の生活において重要なのは、その予報によって
- 安心して行動できたか。
- 無駄な移動や準備をせずに済んだか。
結果として、納得できる一日になったか。という点ではないでしょうか。
「まもなく雨が降ります」「短時間で天気が急変します」
この通知が来た瞬間、こう思うことがあります。
今さら言われても遅い。
傘は持っていませんし、場所も移動できません。 行動の修正ができない時点で、それは情報というより、結果報告に近いものです。
仮に直前の雨を正確に言い当てたとしても、その情報によって行動を変えられなければ、生活の満足度は上がりません。
正解率が高いことと、生活者の納得感が高まることは、必ずしも同じではありません。
胸を張って正解率を主張するのは構いませんが、その裏で一日に何度軌道修正をしたのか、数時間前の予報を外しました、という報告もしてほしいと思います。
俺リアルタイム更新という名の”言い訳”
天気予報の評価軸は、もっと生活者寄りでいい
本来、天気予報の役割は「事前に行動を決めさせること」にあります。
- 朝の予報で、今日の持ち物を決める。
- 昼の予報で、午後の予定を調整する。
- 夕方の予報で、明日の準備をする。
正直、このくらいで十分です。
最終的に天気予報に問われているのは、こういうことだと思います。
どれだけの人が、無駄な外出や準備を避けられたのか。
それができて初めて、 天気予報は本当に役に立つ情報になるのではないでしょうか。
- 濡れずに済んだ人は何人いたのか。
- 無駄な移動をしなくて済んだ人は何人いたのか。
- 予定通りに一日を終えられた人は何人いたのか。
天気予報は、未来を当てるゲームではありません。人の行動と感情を預かる仕事です。
だからこそ、後出しではなく、少し不完全でも、覚悟を持った事前の判断を示してほしいと思います。
更新頻度が多いほど、「後で直せばいい」という無責任さが透けて見えます。
俺度重なる天気予報の修正は、過去の自分に嘘をついているのと同じです。
